お子さんの歯並びについて、保護者の方が調べていらっしゃることも多いと思います。お子さん本人に説明するときにも使えるよう、要点を整理しました。
先日の矯正相談で、上の前歯が前に出ていて、下あごが後ろに下がっている噛み合わせのお子さんのご相談がありました。保護者の方からお話を伺っているあいだ、お子さんは下唇を噛んでいました。ふだんの様子をお聞きすると、「下唇を巻き込む癖がある」とのこと。
お子さんが下唇を噛んだり吸ったりしていないか、一度見てみてください。
【下唇を巻き込む癖とは】
下唇を上の前歯の裏側に入れ込んだり、噛んだり吸ったりする癖です。専門的には咬唇癖(こうしんへき:唇を噛む癖)、吸唇癖(きゅうしんへき:唇を吸う癖)と呼ばれます。
本人は無意識のことがほとんどで、何かに集中しているときに出やすい傾向があります。
■こんな様子はありませんか
- 口を閉じたとき、下唇が上の前歯の裏に入っている
- 下唇やその下の皮膚が赤く荒れている、ガサガサしている
- 下唇の下に、横じわや歯の跡がついている
【なぜ噛み合わせに影響するのでしょうか】
歯の位置は、骨だけで決まっているわけではありません。唇や舌など、まわりの筋肉から受ける力のつり合いの中で並んでいます。
日本矯正歯科学会の指針にも、その旨の記載があります。歯の位置は、舌や口輪筋(口のまわりの筋肉)の圧によって決まると報告されているのです。
下唇を巻き込むと、このつり合いが崩れます。
- 上の前歯は、裏側から前へ押し出される
- 下の前歯は、表側から内側へ押し込まれる
その結果、上下の前歯の前後のすき間が広がり、上の前歯が前に出た噛み合わせ(上顎前突)が目立ちやすくなります。
実際、矯正相談でも、下唇を巻き込む癖のあるお子さんは上の前歯が前に出ていることが多い印象です。研究でも、同じ傾向が報告されています。(1991年)
下唇が前歯の裏に深く入り込む子ほど、下の前歯が内側に傾き、上下の前歯のすき間が大きかったというものです。
■「癖が先か、歯並びが先か」
やっかいなのは、この関係が一方通行ではないことです。上の前歯がもともと前に出ていると、下唇がその裏に入りやすくなります。入り込んだ唇がさらに前歯を押す——という循環が起こりえます。
つまり、癖が噛み合わせの原因になっていることもあれば、噛み合わせの結果として癖が出ていることもあります。研究でも、どちらが先かまでは分かっていません。あごの骨の成長そのものに影響するかについても、はっきりした根拠はありません。
ただ、どちらが先であっても、癖が続く限り前歯を押す力はかかり続けます。治療で前歯を整えても、癖が残っていれば後戻りの原因になります。癖に早めに気づいておくことに意味があるのは、このためです。
そのため、最初に取り組むのは癖そのものを減らすことです。保護者の方と一緒に、お子さんが癖に気づき、手放していけるよう働きかけます。癖が落ち着くことで、歯並びがよくなる場合もあります。
【癖か、骨格か——検査で見分けます】
癖がなかなか抜けない場合や、癖がなくなっても歯並びの乱れが残る場合は、矯正治療を考えます。そこで欠かせないのが、原因の見極めです。
上の前歯が前に出ている原因は、大きく分けて次の2つが考えられます。
- 歯の傾きの問題:あごの骨の位置は大きくずれていないが、前歯が前に傾いている
- 骨格の問題:上あごが前に出ている、または下あごが小さい・後ろにある
実際には、両方が重なっていることも少なくありません。見た目だけで判断するのは難しいもの。そこで、横浜さかきばら歯科・矯正歯科ではセファロ分析を行います。頭部エックス線規格写真を使い、歯と骨の位置関係を数値で確認する検査です。
成長期のお子さんは、これからあごがどのくらい、どの方向に伸びるかも大切な判断材料です。唇の癖、舌の使い方、口呼吸の有無もあわせて確認し、診断の材料を揃えてから方針をご相談します。
【どう対応していくのか】
学会の指針では、口腔習癖(お口の癖)への対応として「行動変容を促す」ことが示されています。本人が気づき、自分で癖を変えていけるよう働きかけるという意味です。
■癖そのものへの働きかけ
まずは、本人が自分の癖に気づくことから始めます。唇や舌の筋肉の使い方を練習する筋機能療法(MFT)という方法もあります。
お口の中に装置を入れ、癖が出にくい状態をつくる方法もあります。
■噛み合わせへの対応
骨格の問題が大きい場合は、成長期に装置であごの成長の方向を整える治療を検討します。こちらも有効との報告は多いものの、十分なエビデンスはまだ得られていません。指針でも、慎重に判断することが求められています。
一方で、上の前歯が大きく出ているお子さんは、転んだときなどに前歯をぶつけやすくなります。複数の研究をまとめた報告(2018年)があります。早い時期に矯正治療を始めた場合は、思春期に1回の治療で済ませた場合より、前歯のけがが少なかったとされています。それ以外の点では、早く始めることの明確な利点は示されていません。
早く始めるべきか、成長を見ながら待つべきか。お子さんごとに答えが変わるのは、このためです。
【ご家庭でできること】
- 叱らずに、「唇が入っているよ」とそっと気づかせる
- 集中しているときなど、癖が出やすい場面を知っておく
- 鼻がつまりやすく口呼吸になっている場合は、耳鼻咽喉科の受診も検討する
癖は本人の自覚がなければ変わりにくいもの。お子さんのペースで取り組むことが大切です。
【よくあるご質問】
・下唇を噛む癖があるだけでも、相談していいですか?はい、癖に気づいた段階でご相談ください。今の状態を知っておくことで、成長に合わせて見守ることができます。
・癖をやめれば、出っ歯は自然に治りますか?
癖が主な原因で、まだ軽い段階であれば、改善が見られることもあります。ただ、骨格の問題が重なっている場合もあります。すでに前歯が大きく出ているときも同様で、癖がなくなっても自然には戻りにくいことがあります。検査で原因を確認してから判断します。
・何歳ごろに相談するのがいいですか?
一律の決まりはありません。あごの成長を利用した治療を検討する場合、乳歯と永久歯が混ざっている時期がひとつの目安になります。まずは保護者さまがお気づきになった段階で一度ご相談いただくと良いかと思います。ただし、治療自体は始めるのが早いほど良いとは限らないため、成長の見通しも含めてご説明します。
・相談にはどのくらい費用がかかりますか?
矯正の初回相談は無料です。治療が必要な場合の費用と期間は、お子さんの成長段階や使う装置によって大きく異なります。小児の矯正治療は自由診療で、検査・診断のあとに個別のお見積もりでお伝えします。
【安全性について】
小児の矯正治療には、次のようなリスクがあります。
- 装置による痛みや違和感、話しにくさを感じることがある
- 装置のまわりに汚れがたまり、むし歯や歯肉炎が起こる可能性がある
- 成長の仕方によっては、永久歯が生えそろったあとに再び治療が必要になる場合がある
- 癖が残っていると、治療後に歯並びが後戻りすることがある
- 装置の使用時間が足りないと、計画どおりの効果が得られない
成長の仕方や結果、治療期間には個人差があります。早い時期に治療を始めても、思春期の成長で噛み合わせが変化することがあります。治療後も長く経過を見ていくことが大切です。
【監修者】
榊原 毅
日本口腔インプラント学会 専門医/日本包括的矯正歯科学会 副代表理事/日本歯周病学会 認定医/日本矯正歯科学会 会員/インビザライン認定医/厚労省認定臨床研修指導歯科医(東京科学大学 歯学部)
「不安を煽らず、できること・難しいことも含めて丁寧に説明し、納得して選べる診療を心がけています。」
【参考文献】
- 日本矯正歯科学会『矯正歯科治療における治療指針』(2022)
- 日本矯正歯科学会『矯正歯科診療のガイドライン 上顎前突編』
- Lew KK. Lower incisor angulation differences in Class II division 1 malocclusions with and without full ‘lip trap’. Aust Orthod J, 1991.
- Batista KB, et al. Orthodontic treatment for prominent upper front teeth (Class II malocclusion) in children and adolescents. Cochrane Database Syst Rev, 2018.
- 厚生労働省「医療広告ガイドライン」