ネットには情報が多く、正しいのか不安になることもあります。この記事では、学会や研究の根拠も踏まえながら、患者さん目線で解説します。
先日、院内でアライナー矯正(マウスピース矯正)をテーマにした勉強会を開きました。勤務医が発表し、歯科医師と歯科衛生士、スタッフが参加しています。
治療を検討している方にも知っておいていただきたい内容でしたので、要点をまとめます。
【シミュレーションどおりに、歯がすべて動くわけではありません】
マウスピース矯正では、治療前に歯の動きをコンピューター上で再現します。インビザラインでは「クリンチェック」と呼ばれるシミュレーションです。
画面の中では、歯がきれいに並んでいきます。ただ、実際の歯はそのとおりには動き切らないことがあります。
理由のひとつは、シミュレーションが歯の見えている部分を中心に作られていることです。日本矯正歯科学会の指針でも、術前のシミュレーションには歯根(歯の根)の位置の情報が欠けている、と注意を促しています。研究でも、この差は確かめられています。
当院においては、精密検査で撮影したCTのデータとお口の中のスキャン情報を合成します。歯と骨の関係を分かりやすくしたうえで歯の移動をシミュレーションしますので、より精度の高い診断と治療計画の作成ができます。
それでも、実際の移動が完全にシミュレーションどおりにならないのは、むしろ普通のことです。論文のデータを見ても、私たちの実感としてもそう言えます。
- 2009年の研究では、計画した移動量に対する実際の達成度は平均41%
- 2020年の追跡研究では平均50%まで向上
- ただし「得意な動き・不得意な動き」の傾向は変わっていない
数字だけを見ると不安になるかもしれません。これは「半分しか治らない」という意味ではなく、1回の計画だけで仕上がることは少ない、という意味合いです。だからこそ、最初の設計と途中の修正が大切になります。
【動きやすい歯、動きにくい歯があります】
歯の動かし方によって、マウスピースが得意かどうかが変わります。
■比較的得意な動き
- 歯列を少し広げて、軽いガタガタを整える
- 歯を少し内側に倒す
■苦手な動き
- 歯を歯ぐきから引き出す動き(挺出)
- 丸い形の歯をねじる動き(回転)
- 前歯の根の角度をコントロールする動き
複数の研究をまとめて評価した論文(システマティックレビュー)があります。そこでは、挺出の達成度は約30%で最も低く、回転がそれに続くと報告されています。
同じ動きでも、骨の硬さや歯の根の長さ、噛み合わせの強さ、マウスピースの装着時間によって、進み方は大きく変わります。
【上の前歯の「2番目」が難しい理由】
勉強会で時間をかけて扱ったのが、上の前から2番目の歯(側切歯)です。
この歯は小さく、形も細く丸みを帯びています。マウスピースがつかむ「取っ手」になる面が少ないため、力が伝わりにくいのです。回転・挺出・根の角度の調整は、いずれも苦手な動きに入ります。
歯科衛生士からも声が上がりました。定期チェックのときに「上の2番目だけマウスピースが浮いている」ケースをよく見かける、というものです。
■計画の段階で工夫していること
- 側切歯を動かす前に、先に十分なすき間を作る
- 動かしている途中で、隣の歯とぶつからない順番にする
- 動きにくい方向には、あらかじめ少し多めに動かす設定をしておく(オーバーコレクション)
最終的な歯並びの画像だけでなく、「どの順番で」「どう動かすか」まで確認することが大切です。
【追加アライナーは「やり直し」ではなく「仕上げの工程」】
最初のマウスピースをすべて使い終えた時点で、細かなずれが残ることがあります。そのときに、今の歯の状態から改めて作るのが追加アライナーです。
「予定どおりに進まなかった」と感じる方もいらっしゃいます。勉強会では、これを失敗の修正ではなく、治療を仕上げるための工程として捉えることを確認しました。
■マウスピースだけでは難しいときは
何度作り直しても動きにくい歯が残る場合もあります。その場合は、部分的にワイヤーを併用する、仕上がりの目標を見直す、といった選択肢をご相談します。
作り直しを重ね続けることが、患者さんにとって最善とは限りません。どこで方針を切り替えるかも、大切な判断です。
【始める前に、ここまでお話しします】
日本矯正歯科学会の指針は、治療の利点・欠点の説明を求めています。代わりの治療法や、アライナーで不十分だった場合の対応も含めて説明し、文書で同意を得ることが前提です。
当院においても、術前には矯正治療のリスクや注意点などをまとめた書類を皆さまにご確認いただいております。
歯科医師だけでなく、チーム全体で同じ説明ができるよう取り組んでいます。
■診断の材料を揃えてから計画します
学会の指針では、アライナー治療を行う施設にセファロ(頭部X線規格写真)の設備があることが望ましい、とされています。顔と顎の形を分析するための装置です。セファロに加えて歯科用CTや3Dスキャナーも使い、歯の根や骨の状態まで確認してから計画を立てます。
【よくあるご質問】
・マウスピース矯正は、シミュレーションどおりに仕上がりますか?シミュレーションは治療のゴールを共有する大切な資料ですが、そのとおりに動き切らない歯もあります。とくに歯を引き出す動きや、ねじる動きは誤差が出やすいとされます。骨の硬さや歯の根の長さなどによっても、動き方には差が出ます。そのため、途中で追加アライナーを作って仕上げていくのが一般的な流れです。
・追加アライナーには費用がかかりますか?
自由診療で、追加アライナーは1回13,310円です。
・上の前歯の2番目が浮いている気がします。どうすればいいですか?
チューイーを、浮いている歯のあたりで数分間噛んでみてください。マウスピースをしっかりはめ込むための、小さなシリコン製の道具です。
・費用と期間の目安を教えてください。
自由診療です。前歯を中心とした部分的な治療でおよそ24〜49万円、全体の治療でおよそ59〜95万円が目安です。期間は歯の状態によって、3ヶ月程度から3年程度と大きく幅があります。このほか、矯正診断料が別途かかります。月に1回程度の管理料と、保定装置(リテーナー)の費用も別です。総額は、診断のうえで個別のお見積もりとしてお伝えしています。
【安全性について】
マウスピース矯正には、次のようなリスクや副作用があります。
- 装着時間が足りないと、計画どおりに歯が動かない
- 歯によっては動きにくく、追加アライナーやワイヤーの併用が必要になることがある
- 治療中に、痛みや違和感、発音のしにくさが出ることがある
- 歯の根が短くなる(歯根吸収)、歯ぐきが下がるといった変化が起こる可能性がある
- 治療後に保定装置を使わないと、歯並びが戻る(後戻り)ことがある
治療の結果・期間・費用には個人差があります。自由診療のため、費用・期間は目安であり、症例によって変動します。
インビザラインは、医薬品医療機器等法(薬機法)上の承認を受けていない矯正装置です。米国アライン・テクノロジー社の製品を、歯科医師の指示のもとで入手しています。日本をはじめ世界の多くの国で使われていますが、未承認の装置であるため、医薬品副作用被害救済制度の対象外となる場合があります。
【監修者】
榊原 毅
日本口腔インプラント学会 専門医/日本包括的矯正歯科学会 副代表理事/日本歯周病学会 認定医/日本矯正歯科学会 会員/インビザライン認定医/厚労省認定臨床研修指導歯科医(東京科学大学 歯学部)
「不安を煽らず、できること・難しいことも含めて丁寧に説明し、納得して選べる診療を心がけています。」
【参考文献】
- 日本矯正歯科学会『アライナー型矯正装置による治療指針』(2017)
- Kravitz ND, et al. How well does Invisalign work? A prospective clinical study evaluating the efficacy of tooth movement with Invisalign. Am J Orthod Dentofacial Orthop, 2009.
- Haouili N, et al. Has Invisalign improved? A prospective follow-up study on the efficacy of tooth movement with Invisalign. Am J Orthod Dentofacial Orthop, 2020.
- Rossini G, et al. Efficacy of clear aligners in controlling orthodontic tooth movement: a systematic review. Angle Orthod, 2015.
- 厚生労働省「医療広告ガイドライン」
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